経営講演会報告
担当・記録:北川美教
日 時:2003年10月24日(金) 18:15〜20:15
場 所:大阪府商工会館 7階 講堂
テーマ:夢の実現―職人魂で宇宙を拓く:メイド・イン・東大阪の人工衛星打ち上げ―
講 師:株式会社アオキ 代表取締役 青木豊彦氏

 青木豊彦氏は中小企業約8000社が集まるモノづくりの町・東大阪で「メイド・イン・東大阪」の人工衛星を打ち上げようという計画をスタートさせた中心人物です。

 もともとチャレンジ精神旺盛な人で、農業用機械の部品製造が主だった父君の会社で新分野開拓に努め、ロボット部品や航空機部品への進出を果たし、「モノづくりにはプライドを持たなければならない」との想いで同社を世界的航空メーカーであるボーイング社の認定工場に押し上げられました。

 フロンティア "宇宙"を不況にあえぐ東大阪の地場産業にしたいというのが青木社長の夢であり、「若者がモノづくりに魅力を感じて集まってくる、元気な町になってほしい」と期待して、2005年の人工衛星1号機打ち上げを目指しておられます。

<講演の概要・目次>

1.東大阪および当社の現状
2.高井田(東大阪市)をモノつくりの「アメリカ村」にしたい
3.人工衛星つくりが目的ではない
4.若い人が集まりだした
5.まいど1号衛星
6.どのような人工衛星を狙っているのか
7.衛星開発の産業化への問題点
8.インターネット、e-mail(パソコン)は偉大な武器、有効活用すべき。
9.海の向こうからラブコール
10.大阪の街を明るくしよう


1.東大阪および当社の現状

 本日は診断協会の経営講演会に講師としてお招き頂き、ありがとうございました。

 今日は皆さん方に東大阪のファンになっていただこうと思ってやってきました。

 52万人都市の東大阪市は最盛期には12,000社の中小企業がひしめいていました。4年前には10,000社あったのが、今は8,000社に減ってしまい、毎年200社程度ずつ減っている勘定です。経営不振による廃業も多いが、後継者不足の廃業も多く見受けられます。3K,5Kといわれて製造業に人が集まらなくなった。ハローワークの調べによれば、東大阪の18〜25歳代の失業率は14%と、50歳代より高い。

 また、大学生がモノ造りとは何かを知らなくなってきた。その理由の一つに母親が息子に「お父ちゃんみたいになったらあかん。しっかり勉強していい会社に入れ。」と自らの仕事を卑下してきた。

 人間は12〜25歳くらいのときに感性が磨かれるという。若いときから製造業に携わらないとモノになりにくい。ありのままの姿を子供に見せるべきだ。

 どこの製造業でも同じだが、若い人に戻ってきてもらうのが地場産業再生の近道だ。

 東大阪にはオンリーワン企業が120社あり、開発とか試作を指向している会社は今でも受注をいっぱい抱えて多忙です。

 経済のグローバル化に従って世界は狭くなる→航空機の需要は永続すると判断し、当社は航空機部品の製造にチャレンジしました。

 従来は油圧機器80%、航空機部品20%で推移していたが、1997年にボーイング社の認定を取得してから徐々に航空機関係の受注を増やしほぼ100%近くまで比率を上げてきました。

 ところが2002年の同時多発テロに続くイラク攻撃、新型肺炎など物騒な話が続発し、航空機の利用はガタ減りで、当社の仕事は50%以上ダウンしてしまいました。

 そこで、昨年10月から精密金型およびマグネシウム合金の切削加工をはじめたところです。人工衛星の仕事はまだ持ち出しばかりで売上げが立たない。

2.高井田(東大阪市)をモノつくりの「アメリカ村」にしたい

 大阪ミナミのはずれ・堀江は10年前までは家具の街で殆ど人通りがなかったが、若い人のアイデアで、アート、デザイン関係で街おこしをして「アメリカ村」として成功しています。
 若い人がアイデアを出して、これを受け入れている街は熟年者から若い人への技能伝承もうまくいき、活性化しています。

 私は今、東大阪市高井田に住んでいますが、高井田をモノつくりの「アメリカ村」にしたいと考えています。

 東大阪には歯ブラシからロケットまでというくらい種々の企業があり、何を目玉にして「アメリカ村」にするのか、みんなでいろいろ議論した結果、「青木さんところにヒコーキがある。地元の大阪府大に航空宇宙工学科がある。」ということで、ロケット部品を造ろうということになりました。大阪府大の東先生に相談したら、「ロケットは無理だが人工衛星ならやれるだろう」ということで、人工衛星をやろうということにした次第です。

3.人工衛星つくりが目的ではない

 早速マスコミが取り上げてくれました。しかし、我々の目的は人工衛星つくりではなくて、人工衛星は若い人を東大阪に引っ張り込む手段です。

 宇宙をテーマに夢にチャレンジすることで若い人がどんどん集まってくれて、ものつくりで東大阪の活性化を図りたいということです。

4.若い人が集まりだした

 東大阪市内でいろいろと打合せをしましたが、昨年8月頃までは世間話だけで終わり、殆ど誰も具体的には動かなかった、いや、動けなかったのが事実です。

 しかし、大阪府大航空宇宙工学科出身の若い非常に優秀な女性(英語ペラペラ、パソコンバリバリ)が3年間手伝わせてくれとやってきてから、若い人が集まりだし、ごろりと様相が変わった。若い人たちが手弁当で来てくれるようになったのです。

 彼女の希望条件は毎年ヒュ−ストンで開かれる米国宇宙航空学会に出席したい、3年経ったら退職してスイスに行きたいということで、ヒュ−ストンの宇宙航空学会には「人工衛星がビジネスになるかどうか、よく見てきてくれ。」という条件で送り出しました。

 当社は30人足らずの規模で、海外出張規程も何もなく、わずかな手当を出したが、受取らずにもぞもぞしていました。現在の会社の状態がドン底だということがわかっているだけに受け取れなかったのかも知れない。彼女から人工衛星がビジネスになったら3〜4倍にして返すからといわれる始末です。

 しかし、最近、何人かの社長から息子が東大阪に帰ってきてくれたと感謝されています。

 また、東大や京大という、とんでもない大学や大学院卒業者からも就職したいという人が出てきました。

5.まいど1号衛星

 私がゴタゴタしゃべるよりも、関西テレビの特別番組で作ってくれたビデオと彼女が一晩でつくってくれた当社のホームページを見てもらった方がわかりやすいので、今から見てもらおうと思います。ビデオは種子島でH2ロケットを打ち上げるのを見学させてもらったときのもので、このロケットに2年後の2005年にはメイドイン東大阪の人工衛星を載せてもらえることになっています。第1号衛星の名前は「まいど1号」と決めています。

 今までの宇宙開発は国が主導し、東京大学−大企業の一極集中でやってきたが、図体が大きくなりすぎて動きが鈍くなってきたようです。これからは小回りのきく地方の中小企業が頑張る時期になってきたと思います。

6.どのような人工衛星を狙っているのか

人工衛星の機能を大きく分けると次の二つです。

(1)ミッション機器:何をすることを目的にした人工衛星かで異なる。
(2)バス機器:衛星の運用管理を司る部分で、衛星毎に異なることは殆ど無く、基本的にはほぼ同じです。

 我々の協同組合ではこのバス機器を標準化して、大中小取りそろえて設計・製造したいと考えています。

 通信、データ処理、姿勢制御、推進系、計装系など、東大阪の個々の企業で単品は作れるがシステムとして構築するためには技術を集約する必要があり、2002年7月に東大阪宇宙関連開発研究会を東大阪商工会議所内に立ち上げ、大阪府、東大阪市から研究費を出してもらいました。そして同年12月に東大阪宇宙開発協同組合を結成しました。

 協同組合にすることで技術集約力が生まれ、東大阪の経営資源を有効活用できると考えたのです。

 我々は50立方センチ、20〜50kg程度の小型衛星を狙っています。より早く、より機能的に、よりやすく衛星をつくることが狙いです。2005年には1号機を上げたい。
イギリスでは民間で200個以上の人工衛星を打ち上げ、ビジネスになっているそうです。

7.衛星開発の産業化への問題点

 ただし、品質が問題です。探査衛星は4コで2400億円もしている。失敗は許されないから費用と開発期間の増大になりがちです。衛星の量産化が必要です。半導体が安くなったので民生用の安いものが使えます。しかし、明確な目標と強力なリーダーシップが必要です。

8.インターネット、e-mail(パソコン)は偉大な武器。有効活用すべき。

 インターネットやe−メール(パソコン)で、普通なら直接会えないような世界ナンバー1の科学者や技術者と意見交換できる時代になりました。

 また、インターネット経由で引合いを受け、見積もりを即座に返すことができます。各社の単価が一覧表として出てくるので、同じ単価なら東大阪の会社に注文しようということで、注文が16%程増えました。現在、米国・モトローラ社からインターネット経由でアンテナの注文を受け、現在造っているところです。

 やはり、パソコン(インターネット、e−メール)は偉大な武器です。有効活用しないと時代の波に乗り遅れてしまいます。

9.海の向こうからラブコール

 活動の波及効果として、横文字の新聞社が来るし、航空機産業の盛んなモントリオール(カナダ)から情報交換したいといってきました。いずれ、姉妹都市になる話が出てくると思います。そのためにJETROからも予算がついた。

 宇宙航空学会での当組合のポスターが好評だった。「Craftmen in the last future」というキャッチフレーズがよかったらしい。おかげでイギリスの航空宇宙関係の第一人者であるマーチン先生が興味を持ってくれて、普通なら、なかなか面会の予約も取れない人なのに、e−メール経由で10分の時間をもらい、結果的には1時間もいろいろな相談に乗ってくれました。

 その後、9月17日には東京で宇宙関係のシンポジウムがあって、マーチン先生がわざわざ関空に降りて当社に立ち寄ってくれました。マーチン先生と種々情報交換できたおかげで、人工衛星はビジネスになるという確信がわいてきました。

 残念ながら今の世の中はバイオやナノテクには金が出るが、宇宙とか原子力にはお金が出ない仕組みに変わってしまったけれど、やっとNEDOから7億円の委託研究費がもらえました。しかし、人工衛星を開発するのに全部で12億円いるので、後5億円ひねり出さねばなりません。国のプロジェクトなのだから、大阪府にも応援してほしいと頼んでいるところです。

10.大阪の街を明るくしよう


 人工衛星つくりを通じて精密部品、システム商品つくりを地場産業として定着させ、新しいものつくりの街・東大阪を再構築したいと考えています。

 部品の製造は現有技術でもできます。しかし、航空宇宙部品としての信頼性を取り込むことによって更に高付加価値化が図れます。宇宙技術は民間ですぐに使えます。既に人工衛星の垂直制御を司る部品の技術が人工心臓、安眠枕、水の浄化技術などに生かされています。宇宙技術からスピンオフして新たな技術開発を図り、オンリーワン企業が誕生することを目指しています。ものつくりは人つくりです。

宇宙という仕組みをうまく使って

・つくる・・・・東大阪で
・打ち上げる・・タダであげてもらう
・使う・・・・・皆さんと一緒に考えていきたい

 私たちの協同組合の理念は「夢で始まり、情熱を結集し、心豊かな社会をつくる」ということです。

 もっと大阪の街を明るくしたい。

 もっと自分の仕事に自信を持って、嫁さんや子供達に仕事のことをもっと話してほしい。
これができるようになったら大阪の街はもっと明るくなる。

(プロフィール)
1945年:大阪府生まれ。高校卒業後、父親が経営する青木鉄工所に入社
1995年:社名を「株式会社アオキ」と変更し、二代目社長に就任
1997年:米国ボーイング社の認定工場となる
2002年7月:東大阪宇宙関連開発研究会を東大阪商工会議所内に設立 会長就任
2002年12月:東大阪宇宙開発協同組合を設立 理事長就任