ビジネス映画に学ぶ経営論 『隠し砦の三悪人』に学ぶビジネス戦略
「正月映画」という言葉があるように、正月の休日を利用して映画館に出かけ、大きなスク リーンで鑑賞するのが、正統派の映画の楽しみ方でしょう。しかし、正月にあえて出かけず に、自宅でのんびりお酒でも飲みながら映画を楽しむというのもアリだと思います。 どちらでも楽しむことができるほど映画好きの、私のお気に入り作品の1つに、巨匠・黒 澤明監督の『隠し砦の三悪人』があります。ジョージ・ルーカス監督の『スターウォーズ』第1 作(エピソード4)のモチーフになったと言われる1958年公開の映画です。この映画につい ては、すでにありとあらゆる論評がされ尽くしていますが、中小企業診断士的な視点から改 めて見直してみると、これまでとは違った世界が見えてくると思います。 舞台は戦国時代。隣接する山名家との戦いに敗れた秋月家は、後継者となる雪姫(上 原美佐)を中心にお家再興を図るべく、山名軍の包囲網を突破して同盟国の早川家の領地 へ脱出を企てる、というのがあらすじです。 見ようによっては、「事業承継と経営再建」の物語と言えなくもないでしょう。タイトルの 「三悪人」とは、雪姫を警護してお家再興を目指す侍大将・真壁六郎太(三船敏郎)と、戦 乱で武功を成し一旗揚げようと目論んだものの出遅れて失敗し、酷い目に合って早川領へ 逃げ帰ろうとする農民・太平(千秋実)と、又七(藤原釜足)を指すものと思われます。六郎 太が太平・又七コンビと出会ったあたりから、物語の展開はスピードを増していきます。
エピソード 1. 狙うならブルー・オーシャン
太平・又七コンビと出会った六郎太は、彼らの発想に驚きます。剛の者・六郎太には、 秋月と早川の国境を強行突破という最短ルートの考え方しかありませんでした。
一方、根っからの弱者である二人は、ぶ厚い布陣の早川との国境を直接狙うよりも警備が手薄な山名 側との国境を抜け、迂回して早川領に入ることを考えていたのです。
まさに、激しい戦い が予想される市場を避け新発想で市場を選ぶ「ブルー・オーシャン戦略」であり、六郎太に とっては目からウロコの新鮮な提案で彼らを大いに気に入ったのでした。
エピソード 2. 再建は第二会社方式で
六郎太に導かれて太平・又七が訪れた「隠し砦」には、雪姫の他にも家臣や侍女がいました。しかし、全員で旅団を結成して敵陣を突破するのは目立ち過ぎるし、女性や老人の 体力を考えると困難です。六郎太と雪姫は太平・又七と行動を共にし、他の者たちは砦に 留まる(=滅亡)という苦渋の選択をせざるを得ませんでした。これはまさに、「第二会社方 式」による企業再生の図式と同じように感じます。
エピソード 3. 労働装備率より総資産回転率
4人は隠していた馬3頭にお家再興のための軍資金を積み込ん で国境突破を目指しますが、上等な馬たちが山名の侍の目に止ま り、強引に買い取られて荷車に変わってしまいます。さらに、雪姫 の意向により、馬の代金を使って宿場で女中奉公をしていた娘を助 け一行に加えます。このように、資産(馬)を処分して従業員(娘)を 増やすことで「労働装備率」が下がってしまいました。しかし、「4人 と3頭」という大がかりな旅団が「5人と荷車1つ」というこじんまりし た体制になったことで逆に敵の目に付かなくなりました。さらに、「指 名手配」されていた一行の特徴「4人と3頭」とは変わってしまったの で、警戒網をかいくぐって旅を続けることができるようになります。 「高額な有形固定資産」や「労働装備率」にこだわらないシンプルな 労働集約型の体制への転換が功を奏し、一般市民の中に紛れ込 むことができたというわけです。規模に見合った資産額に絞り込む と総資産回転率が改善して、効率性も上がります。
エピソード 4. 従業員も利益確保に貪欲であれ
その後、一行は山名勢の追跡にあい、お家再興のための軍資 金の一部を放置したまま逃走せざるを得なくなります。しかし、軍 資金をあきらめきれない太平・又七コンビは、危険を顧みず回収 のため敵中に戻ります。これは雪姫への忠誠心とかではなく、単 なる彼らの金への執着、銭ゲバ体質による行動ですが、結果とし て軍資金の散逸を防ぎます。窮状にある企業では各従業員が「自 分事」として利益確保に執着することが大事、ということに気づか せてくれます。
エピソード 5. 経営者は理念を語れ
とはいえ、結局、一行は山名軍に捕らえられてしまいます。そこ で一行は、六郎太のライバルである敵軍の侍大将・田所兵衛が陰 鬱なキャラクターに変貌していることに驚きます。それ以前の道中 における一騎打ちで六郎太に敗れた兵衛は、その後の山名家から のパワハラに苦しんでいたのでした。そんな兵衛に雪姫が語りかけ るシーンは、まるで経営者が従業員に「企業理念」を語っているか のようです。そして、そんな「理念」に共感した兵衛の行動が、物 語を大きく突き動かしてクライマックスを迎えます。

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石川 聡
オートバイメーカー、ケミカルメーカー、税理士法人 勤務等を経て2022年に独立開業。現在、大阪大学 の大学院で計量経済学・仕掛学などの行動経済学系分野に苦し みつつも勤しむ。