ビジネス映画に学ぶ経営論 『マイ・インターン』に学ぶ人材活用

仕事に情熱を持つ社会人のエネルギー源になる映画としては『プラダを着た悪魔』が有 名ですが、同じアン・ハサウェイが主役ということで合わせて紹介されることが多い映画が 『マイ・インターン』です。 『マイ・インターン』の前に『プラダを着た悪魔』の概要を紹介す ると、この映画の主人公であるアンドレアが編集の仕事をしたくて飛び込んだきらびやかな ファッション誌の世界で、鬼上司ミランダの無茶な要求にもどんどん応えて成長していくス トーリーです。 『マイ・インターン』のキービジュアルは紳士とアン・ハサウェイが並んで立っているものな ので、私はインターンとして入社したのがアン・ハサウェイだと思っていました。しかし、映 画が始まってまずは自分の持っている偏見に気づかされます。 アン・ハサウェイ演じるジュールズが社長を務めるアパレル企業に、スタートアップのイン ターンとして入社するのは、ロバート・デニーロ演じる70歳のベンです。 ベンはインターン初日に机の上に仕事道具を並べるのですが、私が二次試験に持ち込ん だのと同じブラウンの卓上時計、そして見慣れたCASIOのロゴの電卓。一瞬、ベンは中 小企業診断士の試験を受けるの?と錯覚しそうでした。 というのもベンの立ち振る舞いが、これは中小企業診断士の理想像なのではないか、と 思えたからです。 紳士という言葉そのものの人物で、服装や振る舞いが礼儀正しく、年下の上司にも丁寧 な対応を行う。前に出るのではなく、サポートするという立場でメンタルをも支えます。

女性経営者・専業主「夫」の置かれる環境

近年増えてきているものの、まだ日本における女性経営者の割合は10%もありません。 映画内で社長のジュールズには娘がおり、夫はジュールズが仕事に専念できるように家の ことを担う専業主夫です。ジュールズは専業主婦を持つ男性と同じ立場だから100%仕事に 専念できると思いますか? 映画の中でも同様ですが、現実社会では母親が主となる子育て のネットワークができています。産前に地域の妊婦教室に参加する のは母親で、産休時のイベントを含め妊婦や乳児の時期から母親 同士の横のネットワークができます。出産を通じて母親中心に情報 が入ってくることが多いです。 映画の中の夫はママ友ワールドにも入っていけるコミュニケーショ ン能力が高い人だったものの、元々仕事で結果を出していたことか ら家事と育児の生活に自尊心を保ちにくくなり、結果としてママ友と 浮気をします。 個人的なことですが、私は20代半ばで会社を立ち上げ、その後 2度出産しました。子どもを生んでからは仕事での制限が大きく「夫 に専業主夫になってほしい。100%で働きたい」と願ったことは何度 もあります。それを押しとどめた理由はいくつかありますが、「ママ友 ネットワークでの情報を夫が収集することは難しいだろう」という点 は大きかったです。 夫がママ友ネットワークに入っていくことも、妻が仕事だけに専念 することも、現実ではまだ難しい面もあり、母親経営者の家庭では 専業主夫であれば解決とはならないのが現実だと感じます。

企業の承継への向き合い方

ジュールズは急激に成長したスタートアップの組織がうまく回って いないことから、投資家に外部CEOを迎え入れるよう助言されま す。初めはその意見に悔しがり抵抗を見せていたジュールズです が、夫が自分の時間をほしがったり、家族との時間が取れていな いこと、そして夫の浮気を知ったことで、外部CEO招聘によってトッ プを退けば家庭を立て直せるのではないかと考えるようになります。 何人かのCEO候補に会いますが、一人の候補者が「会社のス ピリットは変えたくない。方針を押しつけず現場を見て考えたい」と 言います。ジュールズはこの人なら大丈夫だと思い、CEOとして 迎え入れようと決意します。承継に関して、外部招聘による承継 が増えてきたとはいえ、やはり同族承継や企業内承継の話を聞く ことが多いです。 M&Aが承継の手段として増えてきているとはいえ、M&Aには 黒いニュースもしばしばあるため、経営者に根強い警戒心があるの が現実です。 今年に入ってから取引先などで事業承継の話が相次ぎました。 M&A、社内昇格、子への承継。M&Aを検討したり実際に利用 した経営者の話を聞いていると、買いたいという方も仲介に入る方 も、金銭面ばかり重視しがちだと感じるそうです。経営者にとって は育ててきた会社への思いや従業員の心配が非常に大きいのです が、そこを軽視されているように感じるそうです。 現場を大切にすることが評価され、成長してきた会社だというこ とを認めてくれたCEO候補だからこそ、ジュールズもこの人なら任 せられると思えたのでしょう。

リタイア人材の活用・活躍の場

ベンは電話帳をつくる会社で営業部長と製造の管理者として働 き、定年まで勤め上げたリタイア人材ですが、まだ心の中での音楽 が消えていない(働くことへの情熱が消えていない)ため、それが尽 きるまでは働きたいという気持ちがあります。ジュールズの会社では シニア・インターンの受け入れは社会貢献の一環としてスタートした だけでしたが、次第にベンはなくてはならない存在になっていきます。 定年後や早期退職した後に中小企業診断士として独立する話を よく耳にするため、この点もベンと診断士の共通点を感じました。 人材不足の局面において、シニア人材の活用はよく耳にします。 しかしシニア人材の活用に関しては定年の引き上げなど、勤めてい る会社での契約延長がベースにあるように思います。インターンと いえば学生という思い込みがありますが、映画のように経験してき たスキルを持って別業界に入ると、いろいろな業界の化学反応が 起きて、活躍の場がもっと広がるのではないかと考えます。そして、 診断士の仕事はそんな一面もあるように思います。 定年後に会社を立ち上げる方々もいます。近い世界で独立する 方や全く違うジャンルで立ち上げる方など、さまざまです。 共通して言えるのは、みんなイキイキしているということです。心 の中の音楽がまだ鳴り響いているのでしょう。

理想の経営者像、診断士像

ベンが素晴らしいところはジュールズに対して「陰で」支えること です。仕事に全力投球するジュールズを微笑みながら見守る姿は まるで父のよう。 一度プライベートに立ち入り過ぎたことで担当を外れますが、そ の時にベンの存在の大きさを思い知ったジュールズはベンの勤務地 に出向いて謝罪します。インターンという立場の相手であっても真 摯に頭を下げることができる素直さがジュールズの魅力であり、受 け入れるベンも度量が大きいのです。 中小企業診断士としての振る舞いは、インターンであるベンが体 現してくれます。自己紹介ビデオをYouTubeにアップロードする入 社試験では、誠実で危機に強いとアピールします。アパレル業界 のスタートアップなのでラフな格好をする人が多い社内でも、「スー ツじゃなくてもいいよ」と言われても「スーツが楽だ」と自分のスタイ ルを通します。紳士の嗜みとして、アイロンのかかったハンカチをい つでも差し出せる用意があります。人に会わない日でも毎日髭を剃 り、社長が席に来たらきちんと席から立って対応します。 ジュールズのような経営者でありたい、ベンのような診断士であ りたいと憧れさせてくれる2人です。

上田 佳子
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上田 佳子

2児の母親でデザイン会社の経営者。 別途立ち上げた「nito経営デザイン」で は中小企業診断士としても活動中。