ビジネス映画に学ぶ経営論 『県庁の星』に学ぶ組織改革

本映画の興行収入が20.8億円ということは、さかのぼることその3年前に興行収入173.5 億円と、今なお実写邦画歴代1位の記録を持つ『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボー ブリッジを封鎖せよ!』の織田裕二主演作としては、当時話題にならなかったということか。 しかし、この映画には少々ステレオタイプな中小企業とそこに働く人々、そして私たち中小 企業診断士をちょっぴり元気にさせる要素がたくさんある。そこで、この映画に含まれる経 営論的エッセンスを読み解いていきたい。 この映画が公開された2006年という年は日本の人口が減少局面に入った年でもある。ま たこの年には、官製談合で1年の間に全国で3人もの知事が逮捕された。いわば、現在さ らに深刻化している地方の人口減少などによる地域経済の疲弊や地方政治の綻びが顕在 化し始めた時期である。この映画ではこれらの背景がベースになっている。今から18年前 の映画ではあるものの、そこに提示された問題は決して古くない。

餅は餅屋

本映画の本筋は、タイトルの通り県庁のキャリア役人である主人公の成長物語である。 県庁が打ち出した「民間のノウハウ」を学ぶための民間人事交流研修のメンバーとして選 抜された、織田裕二演じる主人公の「野村」の研修先は、県内で6店舗を展開、年商は全 店舗で86億円の片田舎のスーパーであった。 この映画の興味深い点は、官僚主義的で融通も機転も利かない野村が最初は柴咲コウ 演じる教育係のパート従業員「二宮」から、小売業の接客やスーパーのマーケティングを教 わるのだが、その後、研修先のスーパーの危機に際して得意とするマニュアルの作成やマ ニュアルに基づいたオペレーションを実行すること。それが従業員をやる気にさせ、スー パーを危機から救うことになるのである。つまり、前半は二宮が先生で、後半は野村が先 生(リーダー)となって、彼らは教え教わりながらお互い成長していく。 現場を熟知する二宮の経験から生み出された知恵は、客商売初心者の野村にとって有 益である一方、組織としてのスーパーを効率的に運営してくためには、野村の持つ分析力 や規則などの制度、それらに則って組織を運営するノウハウが必要である。組織にはさま ざまなバックグラウンドを持つ人間が集う。それぞれの長所が生かされ、他とうまく混ざり 合い、あたかも美しいつづれ織りを織るような姿が理想である。

事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ

県庁の産業政策課の野村はデータを収集し、解析し、プランを立てる。スーパーの売り 場に立って顧客と接する立場にある二宮は目の前にいる人間を観察し、仮説を立てる。個 人の経験に基づく予測や見込みは不完全なことも多いが、ときに机上のデータ分析からは導 きえない有効なセオリーとなることもある。 自身の企画する高価格帯弁当の売り上げが低価格帯弁当に勝てない理由が分からない野 村を、デパ地下に誘う二宮。尾行した客の購買行動を解説する二宮の話を聞くうちに野村 は高価格帯弁当のコンセプトのヒントを得る。 現場と机上とは対で語られることがほとんどで、ドラマのように現場が極端に軽視されるこ とはないが、軽視するつもりはなくても効率の点で、机上でできることは机上で済ませる傾向 がないとはいえない。生成AIによって机上でできることの可能性も広がっている。それでも、 それだからこそ、「体験」の果たす役割が大きいことを肝に銘じたい。

ピンチはチャンス

消防署と保健所の査察で次回査察までに改善されなければ 店舗名を公表の上、本部に通告することを伝えられ、さらに本 部からは不採算店舗の通告を受けて閉店の危機に瀕したスー パー。地方の中小企業が果たす就業機会の提供という役割は 大きい。閉店が失業に直結する従業員たちは、藁にもすがる思 いでこれまで煙たがっていた野村の存在と提案を受け入れるし かなかった。 人は一般的に慣れ親しんだものを手放す瞬間のハードルが一番 高い。在庫で溢れる倉庫も生温い職場環境も慣れてしまえばそれ らを変えるために動くことや新しい環境に適応することより断然楽 チンなのである。しかし、変化を受け入れなければ先がないとな れば話は別だ。 さらにこのスーパーにとってラッキーだったのは変化を受け入れ たことの成果がすぐに表れたことである。これは映画の中のデフォ ルメされた世界だけというわけではない。これまで全くできていな かったことを実行すれば成果は見えやすいし、成果が見えれば人 は一層変化を楽しむようになる。

神輿は軽い方がいい。しかし、パーではいけない

スーパー店長の清水は悪人ではないが典型的な事なかれ主義 で、昨日と同じ今日、今日と同じ明日が来ればいいと思っているフ シがある。初対面の野村に自社の情報を提供できず、反対に研 修先について情報収集していた野村に教えられる始末である。 パート従業員の二宮の方が「裏店長」として一目置かれている事実 にも憤ることなく、有能な二宮をむしろ利用しようとさえする。そ んな清水は自店の危機に対して野村・二宮を中心に改革が始めら れても口出しせず、彼らの行動を黙認していた。誰もがお飾りの 店長と思っていたに違いない。 しかし、この清水が映画のクライマックス、1番オイシイところ を持っていくのである。消防署と保健所の再検査で消防法に基 づく店舗職員管理義務を述べるように消防署員から促され、二 宮が最初は無線を通じてイヤホンから流れる野村の口伝えで切り 抜けようとするも本部からの定時放送に遮られ万事休すと思われ たとき、一人前に進み出て店舗職員管理義務をそらんじてピンチ から救ったのが清水だった。 平時は部下たちを信頼し口や手を出さず仕事を任せ、ここぞと いうときにはフォローに回る。正に理想の上司ではないか。

9人でプレーする野球でも、5人で勝つ方法はあるかもしれない

実は本文中このサブタイトルだけがこの映画の中の台詞である。 思えば私たち中小企業診断士は5人の野球チームの監督かマネー ジャーのような役割で、常に「5人で勝つ方法」を考えている。話 を冒頭に戻そう。主人公の野村はスーパーでの経験を元に県庁 で改革に励むが、大きな権力がそれを阻む。県庁は変わらない。 この映画は後味が悪いとかカタルシスがないとか言われている が、ヒットにつながらなかった理由もそのあたりにあるのではないか と私は考える。しかし、私たち中小企業診断士にとっては希望の 映画でもある。大きな組織はなかなか変われないが、小さな組織 なら方法さえ間違わなければきっと良い方向に変われると教えてく れるからだ。

石山 美紀
登録番号

石山 美紀

2024年5月中小企業診断士登録。大手法律事務所 でパラリーガルとして勤務し、会社設立、組織再編、 M&Aなどを担当。モットーは「良い会社をつくり、次の世代へ」。