ビジネス映画に学ぶ経営論 『仁義なき戦い』に学ぶリーダーシップと組織運営

「仁義きっとけよ」。
社会人になりたての頃、ある取引先の主力商品から競合先の商品に切り替え提案をする必要に迫られた際、上司や先輩との会話の中で言われた言葉だ。
「え……相手はヤクザですか?」と世間知らずの私はドギマギしながら確認したが、もちろん杞憂であった。これまでの関係で多少とも恩があるなら、後で露見して不信感を買うより一言伝えておきなさいよという意味である。ビジネスは信頼関係で成り立っているんだなと妙に納得した覚えがある。
このようにヤクザの業界用語がビジネスの現場でも使われているが「仁義とは何か、社会に仁義はあるのか」気になった私は、それまで縁遠かったヤクザ映画のDVDを借りに行き、「仁義」を冠し地元広島を舞台にした『仁義なき戦い』(以降本作)を観ることになった。
ヤクザ映画と聞いて「私には関係ない」「暴力やドンパチは苦手」「なんか怖い……」と食わず嫌いをしている方も多いと思う。かくいう私もそうだった。
確かにヤクザ映画は、暴力や抗争といった派手なアクションを描く一方で組織の力学や人間関係の本質を深く掘り下げており、ビジネスや社会の人間模様にも通じるテーマが展開されている。
仁義とは、仲間や組織に対する忠誠心や道徳的な義務を指す。経営や組織に当てはめるとモラールやバリューのような帰属意識・貢献意欲や行動規範のような組織人のコアとなる価値観と、ここでは読み替えることにする。本稿では、この仁義を貫くことをリーダーシップと組織運営に生かすことによって、仁義なきビジネス社会で競争し生存繁栄していくことができるという論を進める。
本作は、1970年代に公開された5作のヤクザ映画シリーズで、戦後の広島を舞台にした暴力団組織間の抗争を描いている。物語は主人公・広能(菅原文太)が山守組というヤクザ組織に入ることとなり、敵対組織との熾烈な争いに巻き込まれ、上司の責任逃れや仲間の裏切りに直面する。本来仁義を重んじるはずの任侠の世界において「仁義がない」戦いの日々に葛藤し、それでも仁義を貫き通すというもの。
本作は、実在の人物や組織を基に実際に起こった事件をデフォルメしつつヤクザの世界を描いている。組織は生存・拡大するために、必ず抗争(競争)を引き起こすという因果関係をベースにしている点は社会やビジネスも同じである。
「広島にやくざはふたつもいりゃあせんのじゃ」第2作広島死闘編で村岡組と大友組の抗争を前にした大友勝利(千葉真一)の言葉である。
それでは仁義なき戦いの世界から具体的に学び取れる要素を紹介する。

戦略的思考に基づいたリーダーシップと決断力

映画の主人公である広能は、広島のヤクザ組織のリーダーとして描かれている。物語の初めから、彼のリーダーシップは明確に表れる。広能は組織運営にあたり、仲間たちと信頼関係を強化する努力を惜しまない。特に印象的なのは、彼が敵対する組織との交渉を試みるシーン。ネタバレとなるので詳しく書かないが、第3作の代理戦争編は、実際にあった山口組と一和会の抗争がベースであり、アクション映画としての派手さはないが、ヤクザ社会の人間模様が深く描かれており個人的に最も好きな作品である。
あるエピソードでは、広能は敵対組織のリーダーと直接対峙し、彼らとの利害関係を見極めながら交渉を進める。この交渉の中で、彼は自分の組織の利益を守るために大胆な提案を行い、相手を圧倒する姿勢を見せる。これはビジネスにおいても非常に重要なスキルであり、経営者は市場や競争環境の変化を迅速に察知し、適切な決断を下す能力が求められる。
広能の決断力は、ただの思い付きではなく、組織全体の未来を見据えたものである。彼のように、ビジョンを持って行動するリーダーは、社員を鼓舞し、組織を成長させる原動力となる。決断が求められる瞬間に自ら前に出る姿勢は、ビジネスの世界でも非常に価値がある。リーダーが明確な方針を示し迅速に行動を起こすことが、組織の成功につながる。
また、無闇に抗争を煽るのではなく、戦略的に行動することを部下に求めるシーンも印象的である。「おどりゃ、タコのクソ頭にのぼりやがって」組員の勝手な行動に、激しく説教する広能のセリフ。
意味不明で、現代では一発パワハラでアウトであるがそれに続き「のぉ、今の時代よ。相手をとりさえすりゃ勝てるいう時代じゃあありゃせんので。それさえわかってくれりゃ、それでええ……」と冷静に説くシーン、そしてその後の壮絶なラストは世の無常さを感じざるを得なくなる名場面である。

信頼関係と忠誠心

広能は仲間との信頼関係を非常に重視する。特に彼が部下に対して見せる配慮は組織の団結を強化する要素となっている。あるエピソードで彼が信頼を寄せる部下が敵組織に捕まったとき、広能は仲間を救うために全力を尽くす決意を固める。
広能の行動は、忠誠心すなわち仁義が組織を支える基盤であることを示している。ビジネスにおいても、社員同士の信頼や、上司と部下の関係が良好でなければ、効果的なチームワークは実現できない。信頼関係が構築されていると、社員は安心して自らの意見を述べることや、リスクを取ることができるようになる。
さらに広能は自らの仲間に対して厳しさも持ち合わせており、必要なときには叱責を行う。このようなバランスが、彼のリーダーシップを支えている。経営者としては単に優しいだけでなく、時には厳しく接することも必要である。これにより、信頼と忠誠心が深まる。

リスク管理と適応力

映画では抗争が激化し、広能の組織は危機に直面する。敵対組織の動きが予測できなくなる中で、広能は臨機応変に対応しなければならない。ある場面では、彼は敵の動きを分析し、新たな戦略を立てる必要に迫られる。ここで彼が見せる適応力は、ビジネスシーンでも重要な要素である。
敵組織が新たな手を打ってきたとき、広能はすぐにその情報を基に自らの戦略を見直し、さらなる同盟を結ぶことを決断する。リスクを最小限に抑えつつ、利益を追求するための判断は、経営においても同様である。市場は常に変動しているため、企業は柔軟に戦略を変更し、リスクを適切に管理する必要がある。
また、広能が組織内の情報を重視し、仲間との連携を強化する姿勢も印象的である。情報の収集と分析はリスク管理の基本であり、企業にとっても極めて重要な活動である。適切な情報をもとに判断を下すことで、危機を乗り越える力が養われると考える。

◆結論

本作はリーダーシップ、信頼関係、リスク管理といった経営において極めて重要なテーマを扱っている。広能のような強いリーダーシップは、組織を成功へと導くための必須要素である。彼が示す決断力、仲間に対する忠誠心、そして変化に対する適応力は、ビジネスの世界でも同じように求められる。その基盤となるのが仁義である。仁義のない世界で仁義を貫き通すことの葛藤についてもぜひ考えを巡らせていただきたい。
本作を通じて、ヤクザ映画を単なる暴力や抗争といったアクションだけに目を向けるのでなく、組織運営や人間関係の本質を理解する作品として観る効用を論じてきた。本作は、今なお多くの人々に影響を与え続ける作品であり、その深いテーマは、時代を超えて多くのビジネスパーソンにとって参考となるので強くお勧めしたい。

谷崎 雄大
登録番号

谷崎 雄大

理化学機器の専門商社に勤務。eコマース部門にて購買システムの営業に従事。21年4月登録以降プレゼンスキルアップ研究会に所属し、23年より代表を引き継ぐ。