中小企業の成長を加速させる! 採用・人材育成 人が集まる、人が辞めない「柔軟で多様な働き方」と「成長が実感できる会社づくり」
はじめに
コロナ禍以降、企業規模の大小を問わず人手不足が叫ばれている。知名度があり、採用活動にリソースを注ぎ込める大企業はともかく、中小企業においては限られた経営資源の中で、創意工夫による打開策を打たなければならない。
その際、離職を防ぐという視点を持つことが大切である。誰かが辞めれば残った者の業務量が増え、それに耐えられずまた離職者が出てしまうからである。この負のサイクルは防がなければならない。反対に、労働者にとって魅力的な職場をつくり満足度を高めることができれば、その人の紹介で応募が集まることもある。
当記事ではこの点を念頭におき、人が集まり、人が辞めない企業となるための策を4つの観点から紹介する。カギは、労働者の「満たされていないニーズ」を満たすことである。これにより従業員の待遇や職場の魅力の向上を図る。
多様な正社員
ここでは2つの制度を取り上げたい。1つは「短時間正社員」制度である。労働に対する価値観の潮流として、ワークライフバランス(以下、WLB)を重視する労働者は多い。また、家庭の事情で長時間労働が困難なケースもある。そこで短時間正社員を導入すれば、このような人が募集に応じやすくなる。ポイントは生産性の向上である。業務の棚卸し、ECRS、ITツールの活用などにより、より少ない時間で業務を回せるようにすることで、制度の実現性が高まる。
また仕事内容を重視する者も多い。そこで、「職務限定正社員」制度をつくることも有効である。例えば飲食業や販売業において、店舗での勤務のみを業務の対象とすることが考えられる。昇進が一定のところでストップする制度にすると、管理職への昇進を嫌う者に対しても有効であろう。その際、希望により職務限定のない通常の正社員に転換できるようにし、制度に柔軟性を持たせることも大切である。
育児や介護と仕事の両立
育児や介護については、法律により休業や時短措置を設ける義務が企業に課されている。しかし例えば子どもが急病の際の対応が大変であるなど、WLB実現のための課題は多い。フレックスタイム制やテレワークの導入は効果的であるが、ここでは法律よりも充実した制度の創設を提案する。
1つは「時間外労働の制限」である。現在、小学校入学前の子どもを育てている、または家族などの介護をしている労働者が請求すれば、一定時間以上の残業は禁止されている(24時間/月、150時間/年)。この制度を充実させ、残業の上限時間をさらに少なくする、あるいは残業不可とすると、職場のWLBはより高まる。
もう1つ、「育児/介護特別休暇」の創設を提案する。現在、上述の労働者が請求すれば、年間で5日ないし10日の休暇の付与が義務付けられているが、この日数を増やすとよい。さらに申請の際、くわしい理由を尋ねないようにすると、労働者にとって取得しやすく使い勝手のよい制度となるであろう。
制度実施のコツとして、「両立推進者」の設置が挙げられる。労働者としては、自分だけが残業時間を減らしたり休んだりすることに抵抗を覚えやすい。また筆者の実感として、特に介護においては周囲に細かい事情を明かすことが難しく、それにより周囲の労働者が不満を覚えることもある。そこで、推進者が個別の事情を把握した上で「お墨付き」を与えることで、周囲の労働者の納得感を高めることができ、職場の協調性を保ちやすくなる。
なお介護については、育児と異なり長期間続くことが多い。よって上の策は介護休業を利用し、施設などを利用した「介護ができる体制づくり」をした上で、使うものと考えた方が良いだろう。
65歳を超えても働ける雇用管理
現在の法律では定年を60歳以上とし、希望する者については65歳までは何らかの形で雇用することが企業に義務付けられている。また、70歳までの雇用継続なども努力義務となっている。しかし『令和6年 高年齢者雇用状況など報告』によれば、中小企業でこの努力義務を実施しているのは全体の32.4%である(大企業は25.5%)。このことはシニア社員の活用余地の大きさを意味している。
そこで、「定年制の撤廃」もしくは「70歳までの雇用継続」を提案する。これは現在の65歳までの雇用確保義務を延長するだけであるが、体力や認知能力の衰えにどう対処するかがカギとなる。これに対応した働き方として、シニア社員に任せる業務類型を3つ紹介したい。
1つは「若手や中堅社員の育成やスキルの向上」である。その名の通り技術やノウハウの移転が主な目的であり、特に技術の断絶を避けることに役立つ。
次が「限定的業務」である。基本的に現役世代と同等の働き方であるが、業務内容や勤務地、責任の範囲などが限定される。イメージとしては短時間や職務限定の正社員に近く、何を限定するかは企業や労働者の実態に合わせて決めるとよい。
最後が「現役世代と全く同じ業務」である。こちらも文字通り、シニア社員のスキルや経験をフル活用するものである。
後者の業務ほどシニア社員のモチベーション維持が見込まれ、労働力としても期待できるが、体力や健康面の兼ね合いがある。そのため、制度のメリットやデメリット、シニア世代の社員に何を求めるかを明確にした上で制度設計したり、面談を通して年度ごとに契約内容を見直す必要がある。
成長の可視化
株式会社学情が20代の転職希望者を対象にした調査「転職意識調査レポート2023」によれば、若手社員が転職の際に重視するようになったものの第2位が自身のキャリアビジョンであり、転職を考えた理由の第2位がやりがいや達成感の追求である。このことは、従業員がキャリアのロードマップを描くことができ、そこを進んでいることを実感できれば、その社員は会社にとどまり続ける可能性が高いことを意味する。そこで提案するのが「スキルマップ」である。
スキルマップは主に製造業で用いられ、各業務や工程内で求められるスキルを明文化し、レベルを付け(主に4~6段階)、一覧表にしたものである。これを見ることにより、従業員は習得すべき全スキルのうち、自身がどれを身につけ、あるいは未習得かが分かる。メリットはスキルが増えるごとに労働者は自己の成長を実感でき、同時に次の段階に向けての目標をつくれることである。製造業以外でも利用可能であり、人事評価において昇格基準に取り入れれば、自身のキャリアを見通すツールとなり、モチベーションの向上にもつながる。
ポイントは個人の暗黙知を形式知に変え、職場全体で共有することである。これができればSECIモデルにより、個人の暗黙知をさらに引き上げることにつながる。
補足
ここで2点、補足を加えたい。1つは上述の策を組み合わせることで、各々の有効性が高まることである。例えば「短時間正社員」や「育児や介護のための残業制限や休暇」により従業員の労働時間が減少した分を、「シニア社員の活用」で補うことができる。また、「シニア社員から現役世代の社員へのスキル移転」を「スキルマップ」を作成して行うと、計画的でモレのない移転を実現することができる。
2つ目は背景理論である。一言でいうと、ここで紹介した策はハーズバーグの二要因理論に基づいている。上記1~3は主に不満を招き離職の原因となりうる衛生要因を解消し、4はモチベーションを高め維持する動機付け要因を満たすことを主眼としている。
最後に
ここで紹介した支援策は骨子のみの説明であるが、実際の制度にどう落とし込むかは企業により千差万別である。経営者の考え方や企業文化、職場の年齢構成により取れる施策に制限や適不適があるため、各企業にあったものを取り入れ、設計していただければと思う。また、最初から完璧な制度とすることは難しいため、社長や経営陣がコットしつつ、労働者からのフィードバックを取り入れ修正することも大切である。
これらの施策を取り入れるだけで簡単に人が集まるとは限らないが、一つ一つの策を積み上げることが、人が集まり辞めない職場づくりにつながる。人材採用とは、細かな努力の積み重ねなのである。この記事で取り上げた支援策が、中小企業の採用や人材育成に貢献できれば幸いである。

- 登録番号
原 大輔
はら社会保険労務士・経営支援事務所代表。専門は人事労務。2025年春に行政書士登録予定。目標は幅広い支援のできる診断士となること。