中小企業の成長を加速させる! 採用・人材育成 中小企業におけるDX 人材育成

はじめに

 私は長年、大手メーカーにて人材育成に携わり、現在は情報技術系の専門職大学院にて、学生と共に「地元企業や地方自治体の社会課題をIC T(情報通信機技術)の活用で解決する」ことをテーマに取り組んでいます。現実のさまざまな問題に対してICTを活用した解決策のアイデアがあっても、中小企業など小規模な組織で実際にそれをどのように実現していくかについては、人材不足など多くの課題があります。

 本稿では、最近話題のDX(デジタル・トランスフォーメーション)に対して、中小企業は限られた経営資源(人・技術・資金)の中でどのように取り組むべきか、必要な人材育成はどうすればよいのか、それを中小企業診断士はどう支援すべきかなどについて考えたいと思います。

DXとは

 DXについて経済産業省は次のように定義しています。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」。難しい定義ですが、デジタル技術やデータを用いてビジネスの価値づくりをすると考えればよいでしょう。

 このDX推進にはいくつかのレベルがありますが、図1のように説明されています。DXといえば、理想的には、レベル3の実現ですが、いきなりこのような変革に取り組むのは中小企業では難しいのが現状で、下位のレベルから一歩ずつ進めて行くことが現実的だと思われます。私は、レベル1、レベル2を「カイゼンDX」、レベル3を「イノベーションDX」と呼んでいます。

カイゼンDX

 カイゼンDXとは、デジタル技術を活用して業務のカイゼン活動を行うことです。カイゼンは「現場主導、長期的で継続的だが劇的でない、投資はほとんど不要だが維持する努力が必要」で、イノベーションは「トップダウン、短期的だが劇的、大きな投資が必要だがそれを維持する努力は少なくてよい」と言われています。両者は対立するものではなく、状況に応じて補完する関係にあります。

 中小企業のDXではまず、このカイゼンのアプローチから取り組むことが適していると思います。カイゼンDXのレベル1の事例としては、Eメール(記録が残る、再利用可能)、共有カレンダー(他者の予定を外出先から確認)、共有ファイル(商品在庫データの共有)の利用などが考えられます。ただし、効果的に運用するには、運用ルールを定めて統一的に維持することが大切です。また、レベル2として、ノーコード・ローコードツールの活用なども考えられます。

DX人材育成

 多くの中小企業で、DXを推進するための課題として人材不足が挙げられています。経済産業省の「DX支援ガイダンス」でも2023年の調査結果において、DXに取り組むに当たっての課題として、1位「ITに関わる人材が足りない 28.1%」、2位「DX推進に関わる人材が足りない 27.2%」となっており、3位の「予算の確保が難しい 24.9%」より上位になっています。

 DXを実現するにはどのような人材が必要でしょうか。図2は、経済産業省が示しているDX人材に必要なスキル標準を整理したものです。上段はイノベーションDXを推進する専門家に必要なスキル、下段はカイゼンDXを進めるのに全社員に必要なリテラシースキル(Why, What, How)といえます。

 従来の情報システムは、あまり変化しない業務の効率化やコストダウンを対象としていたため、情報システムの開発を外部のベンダーに委託することが多くありました。しかし、DXを効果的に推進するためには「社内」人材が必要です。

 カイゼンDXの場合は、現場の業務を知りつくした社員の参画が不可欠です。現場の社員一人一人が、DXの必要性を認識し(Why)、どのようなデジタルツールを使うことができるかを理解し(What)、自分たちの業務を効率化するためにどう活用していくか(How)を考えて推進することが重要です。現場社員のモチベーションが成否のカギとなります。やる気のある社員の試行錯誤を通して時間をかけて人材を育成することが大切です。

 また、次ステップのイノベーションDXの場合でも、自社のビジネスの中核に密接にかかわってくるので、現在のようなビジネス環境の激しい変化にすばやく対応するためには、外部委託ではなく自社の人材で対応することが必要となってきます。カイゼンDXで人材が育てば、ともに自社のDX戦略を考えることができるでしょう。

DXビジョン

 カイゼンDXを進めるにあたり、現場で進めやすいようにまず経営者がコミットすることが必須です。また、現場で各々が局所的にカイゼンDXを進めると、後で統合することが難しくなるので、経営者は事前に会社としての理想的なDXのビジョンを打ち出し、共通ゴールを明確にして、そのためのルールやツールなどを整備して必要な教育をしておく必要もあるでしょう。現場でばらばらにカイゼンDXを進めると、後で他部門や全社で統合するときにつくり直しなどの手間が発生してしまう可能性があるからです。

まとめ

 上述のように、中小企業でDXに取り組むには、①まず、全体最適を意識したDXビジョンで共通ゴールを明確にして、②次に、武器としてのITリテラシーやツールの教育を行い、現場の社員がカイゼンDXに取り組むことが重要です。③その後、カイゼンDXで育った社員と共に、自社に有効なイノベーションDXの戦略を考えて実践することができるようになるでしょう。

 これらの取り組みは社員が中心となるべきですが、効果的・効率的に進めるには、社内だけではなく中小企業診断士や外部機関のコンサルタントの支援と共に進めることが必要だと思います。

土田 雅之
登録番号

土田 雅之

京都大学工学部数理工学科卒、同大学院修了。パナソニック入社、研究所、人材開発部門を経て、2018年より神戸情報大学院大学教授。
博士(知識科学)、技術士(情報工学)