中小企業で輝く企業内診断士 資格取得後の模索、環境変化が追い風に

1.はじめに

中小企業診断士。何だかちょっとカッコいい響きの肩書きではあ る。でも、資格を取ったからといって、すぐに経営支援を始められ るわけでもなければ、周りの見方がガラッと変わるわけでもない。 ましてや急に自分のスキルが上がるわけでもない。 私は今も30人規模の製造業で、地味に現場と格闘する会社員 だ。電子機器の受託開発・受託生産を生業とする会社で、品質 保証と情報システムを兼務しつつ、企業内診断士として自社の業 務改善に携わっている。

2.診断士資格に挑戦した経緯

私が診断士を目指したのは「このまま終わるわけにはいかない」 と思ったからだった。完全に若年期のキャリア形成に失敗した自覚 があった私は「今よりマシになるなら何でもいい」そんな思いで試験 に挑戦し、数年掛かってどうにか合格した。 振り返れば、そのプロセスこそが自分を再定義し、社会との向 き合い方を変えるきっかけになったように思う。

3.資格取得後の模索

中小企業診断士という資格は、広く浅く、経営全体を俯瞰する 知識を網羅している。マーケティング、財務、組織人事、生産、 IT、法務、試験勉強を通じてこれらの知識を身に付けることは、 自社を一段高い視点で見る力を養うことでもあった。 ただ、そういった知識が幾らあっても、理解されないことが多い のも事実。フレームワークを持ち出そうが、理論を持ち出そうが、 それが響くかと言えばそうではない。診断士の界隈では通じる話も 社内では通じない。どうアプローチすれば良いのか分からない時期 を数年過ごした。 コロナ禍で先行き不透明な中、仮に自社で生かすことができなく とも、自分の礎はつくり続けよう。そう思いながら大阪府中小企業 診断協会の研究会や、IT系のオンライン勉強会に参加し続けた。 昔は尻込みしていたような場所にでも参加できるようになったのは、 資格取得の1つの効果かもしれない。特にIT系の勉強会では、技 術的に優れた方、社内の推進力に優れた方、ファシリテーション能 力の高い方など、IT技術だけでない強みを持つ方に多く触れること で自分の立ち位置をより把握することができた。理解してはいたが 自分の技術は相対的には低い。持っているものを組み合わせてどう にかするしかない。そう思いながら乏しい武器をメンテナンスしたり、 新しい武器を増やそうとしたりしていた。一方で、個人のキャリアと して取り組んでおきたいIT系のテーマと、組織の状況とのギャップ に悩んでもいた。SNSで関わりを持つようになったいわゆる「情シス 界隈」の方々との交流は、そんな悩みを相対化することに非常に有 効だった。

4.経営者交代による転機と直近の取り組み

そんな中、転機は訪れた。会社の経営体制が変わり、代替わ りによって若い経営者がトップに就いた。それを機に社内の風向き は大きく変わった。新社長はITに対する投資に抵抗感がなく、こ れまで見過ごされていた課題が「改善すべき対象」として意識され るようになった。そして、直接新社長から経営支援への注力を依 頼された。 今まで曲がりなりにも蓄えてきた知識、拙いながらも考え続けて きたことがようやく日の目を見ることができると感じた瞬間だった。 このタイミングを契機として、ある意味では大義名分を得た気持 ちで、今まで培った知識や経験を社内に還元する動きを進めること になる。この依頼が1年と少し前の話で、具体的には以下の4点 に注力した。 ①ITツールの積極的な導入 これは経営者が強く興味を持って予算を割いてくれたことが大き いが、チャットツール・議事録作成ツール・文章校正ツール・工程 管理ツール・契約書レビューツール・工数記録ツール・ファイル共 有ツールなどを矢継ぎ早に導入した。この中ではやはりチャットツー ルの導入効果が大きく、社内の情報共有が大きく進んだと考えて いる。ツール選定・導入・運用サポートを行う上では、これまでIT 系の勉強会に参加して情報収集を続けていたことが大きく寄与した。 ②生産設備の導入 製造業でありながら生産 設備には乏しく、手作業での 組み立てや検査の比重が非 常に高い状態であったが、 新機種の受注を機会に2種 類の生産設備を導入することになった。ここでも関連部署と連携を取りながら設備選定と導入 に関わり、何とか無事に納入までこぎつけたところである。本格的 な運用はまだこれからであるが、今後の業績に寄与してくれるもの と期待している。

③ISO9001の運用に変化を加える もともと認証取得時から担当していたISO9001であるが、形骸 化してからかなりの年月が経過していた。会社としては「とりあえず 認証があれば良い」という状態ではあったが、やはり会社を変える ことを目的にするならこのツールを使わないのはもったいないと考え、 細やかながら幾つかの変化を加えた。最初に手を付けたのは内部 監査で、従来の質問項目を大幅に変更し、業務ヒアリングや意見 の吸い上げを意識した構成とした。また、スキルマップを全面的に 改訂し、会社として知っていてほしいこと、身に付けてほしいこと、 合わせてベテラン社員に属人化している項目を明示することで、今 後の若年層のキャリア構築と業務の承継に寄与することを意図し た。使われない書類から使える書類へと位置づけを変えることがで きるかどうか、今後の展開にも引き続き注力していきたい。 ④調達管理の強化 コロナ禍で電子部品のリードタイムが長期化したことを受け、在 庫金額は以前よりはるかに高い水準になっていた。やむを得ない 部分はあったにせよ、詳細を検討すると何点かは明らかに過剰に 購入しているものもあり、この点が大きく問題視された。普通の会社では当たり前のことかも知れないが、受注見込みとリードタイム から安全在庫の目安を計算するための仕組みを構築し、現在は運 用の初期段階である。まだ修正は必要であると考えているが、こ の取り組みが軌道に乗ればキャッシュフローの改善に寄与すること が期待できる。

5.中小企業に勤務する中小企業診断士としての実感

中小企業の課題は多く、リソースは限られている。改善すべき 点は幾つもあるが、それを推進できる人材は少ない。「誰かがやら なければならないけれど、誰も手が回らない」そんな現場にこそ、 中小企業診断士の知見が生きる余地がある。 自分自身はこの1年強で社内での位置づけが大きく変わり、比 較的経営に近い業務にも関わることができるようになったが、これ は会社の変革期というタイミングに恵まれたことが大きい。それが なければ、今のような立ち位置はなかっただろう。自分が特別優れ ているとは思わないし、自分の上位互換は世の中に幾らでもいる。 ただ、1つ確かなのは、資格を取り、学び続けてきたからこそ、チャ ンスが来た時に手を挙げる準備ができていた、ということだ。 中小企業診断士が中小企業の中で活躍するには、何よりも周囲 の信頼を勝ち取り「一緒に考えて、一緒に手を動かしてくれる人」と 認識されることが重要である。外部支援者には難しい「一緒に手を 動かす」ことができるのは、企業内診断士ならではの強みでもある。 診断士としてはまだまだ足りないところがたくさんあると自覚して いるが、この資格がなければ今の展開はなかった。その意味で「資 格が生きた」と言える。私の拙い事例が、同じように中小企業に 勤務する中小企業診断 士の方々の何らかの参 考になれば幸いである。

登録番号

藤井 善寿

電子系の製造業にて、製品拡販、生産管理、ISO9001/14001認証取得、
基幹システムの内製化といった、販売・製造・管理の一連の業務を歴任。
中小企業診断士活動で得た知識と経験を生かして、企業内診断士として自社I T化の
推進・BCP推進・原価改善などに取り組んでいる。